作品選び1時間半、本番3分

今夜は、時間がある。

家族は寝た。
明日は休み。
条件は、完璧にそろった。
(今日は、じっくり選ぶぞ…)

男は、作品を探し始めた。

まずはサンプル画像から、じっくり見ていく。
(悪くない)
でも、もっといいのがある気がする。

次のページ。
(これも悪くない)
でも、もっと…

ランキングを見る。
新着を見る。
セール中を見る。

なぜか、女優の経歴まで読み始める。

(デビュー作から順に見るべきか…?)

誰に対する誠意なのか。

気づけば、お気に入りに37本。

1本も再生していない。

ふと、時計を見る。

深夜2時。

(……え?)

1時間半が、溶けていた。

「もう、これでいい」

結局、最初に見た1本に戻る。

再生。

そして。

本番、3分。

静寂。

天井を見つめる男。

(俺は、何に1時間半かけたんだ…)

お気に入りの37本は、
今日もただ、そこにいる。

次こそは、すぐ決める。

男は毎回、そう誓う。

イヤホン、抜けてた

深夜1時。

音量は、最小。
イヤホンは、装着済み。
(完璧な防音体制だ…)
そう思っていた。

いいところに差しかかる。

男は音量を、1つだけ上げた。

ほんの、1つだけ。

その瞬間。

部屋中に響き渡る、
「あっ…♡」

(……は?)

耳元じゃない。

部屋からだ。

イヤホンのプラグが、
抜けていた。

いつから?

いつから抜けていた?

(考えるな、とにかく止めろ!!)

焦る指。
止まらない動画。
なぜか押してしまう音量アップ。

「あぁっ…♡♡」

(違う!そっちじゃない!!)

やっと止まる。

完全な静寂。

耳を澄ます。

隣の部屋から、
小さな咳払い。

「コホン」

(…終わった)

翌朝。

家族の誰も、何も言わない。

それが一番、つらい。

以来、男はBluetoothイヤホンに切り替えた。

そしてある夜。

スマホの接続先が、
リビングのスピーカーになっていることに気づく。

戦いは、終わらない。

賢者、降臨

その瞬間まで、男は獣だった。

画面にかじりつき、
呼吸は荒く、
理性はどこかに置いてきた。
(最高だ…この作品は神だ…)

そして。

終わる。

その瞬間、男の中に、賢者が降りてくる。

(……なぜ、俺はこれを?)

さっきまで神だった作品が、
急に、ただの映像になる。

(この設定、無理がないか…?)
(そもそも、なぜ配達員が上がり込む…)

冷静すぎる分析が始まる。

ティッシュを見る。
散らかった部屋を見る。
開きっぱなしのタブを見る。

12個。

(12個…?)

一つずつ閉じる。
無言で閉じる。

履歴も消す。

ついでに部屋も片付け始める。

なぜか、確定申告のことを考える。

老後の資金のことも考える。

人生について考える。

「俺、もっとちゃんとしよう」

男は、生まれ変わった。

──30分後。

(…さっきのやつ、もう一回だけ)

賢者は、帰った。

品名:雑貨

深夜2時。

セール中。
残りわずか。
レビューは星4.5。

気づけば、「注文を確定する」を押していた。
(まあ、品名は伏せてくれるし…)

大丈夫。そのはずだった。

問題は、ただ一つ。

配達日時を、指定し忘れた。

翌日の昼。

男は、仕事中。

スマホに通知。

「お荷物をお届けしました」

(……誰が受け取った?)

家族からLINE。

「なんか荷物届いてたよ〜
けっこう重いね」

(重さの報告はいらない!!)

「品名、雑貨ってなってるけど
何買ったの?」

震える指。

打つ。消す。打つ。消す。

「…プロテインのシェイカー」

(なんで重いシェイカーなんだ)

「へ〜。開けとこうか?」

「開けなくていい!!!!」

ビックリマーク、4つ。

完全に怪しい。

帰宅。

箱は、リビングのテーブルのど真ん中に置かれていた。

家族全員から、よく見える位置に。

誰も、何も言わない。

男も、何も言わない。

箱を抱えて、静かに自室へ。

背中に、視線を感じる。

その夜、男は
配達日時指定の大切さを知った。

そして翌週。

また深夜のセールで、押す。

ティッシュの減りが早い

ある日の夕飯。

妻が、ぽつりと言った。

「最近さ、ティッシュの減り早くない?」

男の箸だけが、止まる。
(落ち着け。自然に、自然に…)

「あー、花粉かな」

「今、11月だけど」

(しまった)

「…ハウスダスト」

「掃除機、昨日かけたよ」

逃げ道が、一本ずつ塞がれていく。

「…風邪、ひきかけてるかも」

「熱は?」

「ない」

「咳は?」

「ない」

「…鼻水は?」

「……ない」

沈黙。

妻は、それ以上何も聞かなかった。

「ふーん」

とだけ言って、味噌汁をすすった。

その「ふーん」に、
すべてが込められていた。

翌日。

男は自腹で、ティッシュを5箱買って帰った。

「ついでに買っといたよ」

妻は、少しだけ笑った。

男は、何も言えなかった。

検索窓の裏切り

休日の昼。

妻が言った。
「ちょっとスマホ貸して。天気見たい」

(いいよ、天気くらい)

渡した。
何も考えずに。

その3秒後。

男は気づく。

(……予測変換)

血の気が引く。

妻の指が、検索窓に「て」を打つ。

候補が並ぶ。

「天気」
「天気 明日」

そして、その下に。

昨夜の男の欲望が、
きれいに整列していた。

(やめろ…スクロールするな…)

妻の指が、止まる。

一瞬。

ほんの一瞬。

「……」

何事もなかったように、「天気」を押す。

「明日、雨だって」

「そ、そうなんだ」

スマホが返ってくる。

妻は、何も言わない。

だが、妻は見た。

絶対に、見た。

その夜。

男は、予測変換の学習をリセットする方法を、
震える手で検索した。

その検索履歴も、
しっかり予測変換に残った。

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